アルカディアは遠く
9
翌日、ランディが村人たちに挨拶をして回るのを待って、フラミーを呼び出した。ジェマは部下を引き連れ、先にタスマニカへと戻って行った。
ランディは、子どもたちに引き留められて大変だったらしい。髪の毛が乱れ、服が伸びていた。
「大人気ねえ。ランディと遊びたい、っていうよりはランディで遊びたい、って感じだけど」
「うう、言わないでよ……」
「サラさんには挨拶できたのか?」
ランディが少し困った顔をする。
「……家にいなかったんだ。みんなどこにいるか知らない、って言うし……」
「三人とも!待って!!」
ランディの言葉の途中に聞こえた声に、三人は振り向く。見ると、サラが息を切らせて走ってきていた。
「噂をすれば、ね」
「ほら、行って来いよ」
プリムとポポイが同時に背中を押す。ランディは顔をかきながら、自らもサラへ近付いて行く。プリムとポポイからはかなり距離を取ったところで、二人は向かい合った。
「よ、よかった、間に合って」
「どうしたの?サラ」
「これを渡したくて」
渡されたのは、染められた糸で複雑に編まれた鮮やかな色のお守りだった。
「これ……」
「この辺りに伝わるお守りなの。これの作り方を、村で一番長生きのおばあさんに教えてもらいにいっていたら、遅くなっちゃって」
「……ありがとう。大切にするよ」
サラはランディの言葉に顔を輝かせたが、すぐに表情が曇った。
「本当は、ディーンにあげようと思って作っていたものなの。そうしたら、出来上がる前に、彼、出発しちゃって。お守りがまだできてないのに、って言ったら、お守りなんていらないよ、大丈夫、すぐ帰ってくるよ、心配しないでって言って……」
サラはうつむいてしまった。慌てたランディは、どうやって慰めればいいかと思ってあたふたと手のやり場に困る。
プリムとポポイがそれを遠くから見ながら、情けない男ね、甲斐性なし、などと言っているのが聞こえてくる。
だが、ランディが何か行動をとる前に、サラは吹っ切るようにぱっと顔をあげた。そして、ぺこりと頭を下げる。
「本当に、ごめんなさい。あなたをディーンの代わりにしたりして」
「い、いや、そんな」
「ディーンの代わりなんていないって、私が一番よくわかってたはずなのに。本当は、村のみんなにもあなたにも、本当のことが言えなかったのは、言い出しにくかったからって言うよりも……寂しかったからなの」
温かい風が二人の間を吹き抜ける。サラの細い髪の毛が、ふわりと浮いた。
「記憶喪失のあなたなら、ちょうどいいって、思ってしまった。ディーンがいないことが、一人でいることが、寂しくて……誰かに傍にいてほしかったの」
ランディがそっか、と呟く。
「うん。でももう大丈夫。村の人も、子どもたちも……みんなが私のことを心配してくれていること、よくわかったから」
サラが晴れやかに笑った。そこに、恋人を失った陰は見えない。辛い出来事を乗り越える強さを、彼女は身につけたのだろう。
「世界を救ったら……またこの村に来てくれる?」
「もちろん」
「村長さんも、お医者様も……みんな、あなたのこと、待ってるわ。もう、あなたはこの村の一員よ」
「……ありがとう」
ランディはお守りを懐に仕舞うと、サラに別れを告げた。
サラが見守る中、三人はフラミーの背に乗り込む。ランディが、フラミーに指示を出そうとしたときに、再びサラの声が聞こえた。
「ランディ!」
初めてサラに呼ばれた本当の名前に、ランディは目を見張った。
サラが何か言いたそうにしていることに気づき、フラミーから身を乗り出してサラの方に顔を向ける。
「サラ、何……」
そのとき、ランディの唇に柔らかいものが触れた。
ランディが、それが何を意味するのか考えている間に、サラは唇を離し、囁いた。
「ランディ、私、あなたのことが好きだったわ」
ランディの背後でプリムとポポイが今見たものと聞いたことを頭の中で処理できずに固まっている。
「ディーンの代わりなんかじゃなくて。短い間だったけど、何も言わずに私の傍にいてくれた、あなたのことが、好きだったわ」
「サ、ラ……」
「さよなら。また、この村に来てね。私、待ってるわ」
フラミーが、半端な体勢に焦れたのか、ばさりと音を立てて羽を開く。そして、ふわりと身体を浮かせた。
「僕も!」
ランディは慌てて、叫ぶ。
「僕も……!サラのおかげで、僕の戦う理由が見つかったんだ!ありがとう!」
フラミーが高度を上げる。
手を振るサラの姿が、どんどん小さくなる。
その姿が完全に見えなくなるまで、ランディは「ありがとう」と叫び続けた。
2009.2.14