アルカディアは遠く
8
結局、モンスターが再び村を襲ってくる可能性を考え、出発は次の日に見送られた。プリムとポポイとジェマは再び宿屋に戻ってきていた。今日は元の見慣れた服をまとったランディも一緒である。
「じゃあ、なに?サラさん、ランディとディーンを混同してたわけじゃなかったの?」
「うん」
四人は先日、プリムとポポイとジェマが、村長と医師と言い争いをした食堂で、ひとつのテーブルに向かい合っていた。
「最初の勘違いは、サラが僕の看病をしながら『ディーンが帰ってきたみたい』って言ったことから始まったんだ。それを聞いた村の人が、噂をしていくうちに、『みたい』が取れて、『ディーンが帰ってきた』って言ったことになっちゃったらしくて」
「それで、サラさんが拾ってきた男をディーンだと思い込んでる!ってことになったのか」
「そう。村の人たちは僕が記憶喪失なのをこれ幸いと、君はディーンだ、って言い聞かせたってわけ」
「本当、人騒がせな話だなぁ」
ポポイが溜息をつく。
「でも、どうしてサラさんは最初に否定しなかったの?その人がディーンじゃないってちゃんとわかってるわよ、って」
プリムが顎に手をやって首を傾げる。
「村の人たちの団結力はすごかったからね。サラのためにって、子どもたちまで巻き込んで、必死にみんなで協力して僕をディーンとして扱って。僕も、聖剣の勇者だってことのほうが僕の夢か妄想だったんじゃないかってちょっと思ったくらい。サラも、そんな周りを見て、今更本当はわかってるなんて、言い出しにくくなっちゃったんだ、って言ってた」
ランディは、サラが正気であることには薄々気づいていた、と言う。
「とてもしっかりした人だし。狂気に走っているようには見えなかった。確信したのは、さっき、サラが『ディーンは帰ってこなかった』って、ディーンであるはずの僕に向かって言ったからだけどね」
ランディがみんなの顔を見ながら、つまりね、とまとめる。
「僕は、サラが僕をディーンさんだと思い込んでるって思ってた。本当のことを知ったら、サラは傷つくだろうと思って、記憶がちゃんとあることも、本当はディーンさんじゃないことも言えなかった。
逆にサラは、僕が記憶喪失なんだと思っていた。僕がディーンさんじゃないことはわかってたけど、記憶のない僕は行くところもないだろうし、だったらこの村にいればいいって思った。そのためには、このままディーンとして扱われてたほうが、村にもすぐなじんで暮らしやすいだろうって考えたんだ」
ジェマが真っ直ぐに伸ばしていた背中を椅子にもたれかけさせる。
「結局、私たちは振り回されただけというわけか」
「ランディもサラも、お互い気遣い過ぎてすれ違ってたのね。どっちかが本当のことを言えばもっと早く解決してたのに」
「ていうか、一番おっちょこちょいなのは村の人たちなんじゃないのか?」
三人は各々呆れた声を出した。
ちなみに、先ほど、サラから事情を聞いた医師と村長は、四人のところへ謝罪をしに来た。
ランディを先走ってディーンとして扱ったことや、プリムやポポイにきついことを言ったことを平謝りする二人を、三人は笑って許したのだった。
ランディがうーん、と伸びをする。
「さて、事情も説明し終わったし。明日は早くに出発しなくちゃいけないから、もう寝ようか」
ランディの言葉に、プリムとポポイはじっとランディを見つめた。
「ランディ……本当にいいの?」
「え?何が?」
「この村から出て、また戦いの中に身を置いて。それで本当にいいのかよ?別に、アンちゃんにどうしても戦わないといけない理由なんてないんだし……この村に残ったって、いいんじゃないのか?」
ランディがきょとんとした目を二人に向けた。そして、柔らかく微笑む。
「本当言うとね。このままこの村にいられたらなあ、って少しも思わなかったかって言ったら……嘘になる」
プリムとポポイは、ランディに気付かれないよう歪みそうになる表情をぐっとつくろった。
「でもね、日にちが経つごとに……もしかして、プリムもポポイも僕を探さずに、先に行っちゃったんじゃないかって思って、すごく怖くなった。二人には目的があるわけだから、僕のこと置いて行っちゃったのかな、って。そっちのことのほうが気になってたよ」
「馬鹿じゃないの、あんた」
「オイラたちがアンちゃんのこと、置いて行くわけないだろ!」
「うん。でも不安だったんだ。僕、ポトス村では、とろいって言われて、いつも置いて行かれてたから」
プリムとポポイははっとする。ランディが故郷の村の話をしたことはほとんどなかったからだ。あまり良い思い出がないのだろうと、二人共触れたことはなかった。
ランディが照れたように笑って言う。
「こんなこと言うと、子どもみたいだけど。……迎えに来てくれて嬉しかった」
素直な言葉に、プリムは頬を赤くする。ランディの方を見られずそっぽを向いた。
「あんたみたいなの、放っておいたら何するかわからないからね!それだけよ!」
ポポイはそんなプリムを横目で見てにやにやしながら言う。
「そうそう!子分を迎えに来るのは親分の役目だからな!」
ランディは、はいはい、と笑うと、ふと真剣な顔になった。
「……僕自身もね。僕には、プリムやポポイのような明確な戦う理由がないって思ってた。世界を救うためって言われても、あまりにも漠然としてて、よくわからなかった」
世界、といっても現実的に感じられなかった。
旅に出るまで、僕にとって世界とは、色褪せて、冷たいものでしかなかったから。
呟くような声に、プリムとポポイとジェマが、ランディの顔を見つめる。
そこには、もう少年とは呼べない、怜悧な印象があった。
「でも、今回のことでわかった気がする。短い間だったけど、この村で過ごして……僕のやっていることが、この村みたいな、穏やかな時間や、あたたかい場所を、ひとつひとつを守ることにつながるんだって」
覚悟を決めた瞳に、プリムとポポイとジェマを見る。
だから、とランディははっきりと言った。
「だから、僕も行くよ。世界を救うために」
2009.2.14