アルカディアは遠く

 

 

 

 4

 

 

「誰よ、あんたたち!」

 

 「プリム、落ち着け。ランディを治療した村唯一のお医者さんと、この村の村長さんだ」

 

 ジェマがプリムの両肩に手を置き、なだめたあと、老人と男性をそれぞれ視線で示した。

 

 「アンちゃんを助けてくれたことには礼を言うよ。でも、そっから先は話が別だ。アンちゃんを返してくれ」

 

 ポポイが眼光鋭く二人に目を向ける。

 

 小さなモンスターであれば尻尾を巻いて抜け出す迫力にも、村長は少しもひるまず返した。

 

 「それはできない」

 

 「なんですって!ふざけるんじゃないわよ!」

 

 プリムが噛みつくように叫ぶ。

 

 「ランディは私たちの仲間よ、大事な仲間なんだから!今まで、どんなことでも三人で乗り越えてきたのよ!頭のおかしいあんたたちなんかに絶対渡さないわ!」

 

 「ランディではない。彼はディーンだ」

 

 「はあ!?頭がおかしいわ、やっぱり!」

 

「確かに君たちにとって彼は大切な人なんだろう。だが、サラにとっても、彼は必要な人間だ。村の子どもたちも彼に懐いている。若い働き手の男たちがいなくなり、村全体が沈んでいたのに、彼が現れてからいつも村の中に明るい笑い声が響いている。以前の村に戻ったようだ。彼はこの村に必要な人間なんだよ」

 

激昂するプリムに対して、村長は淡々と返す。

 

「お願いだ。彼のことは死んだと思って、諦めてくれないか。彼は、この村の希望だ。今、彼が村からいなくなればこの村は再び死んでしまう。彼を連れて行かないでくれ。頼む、この通りだ」

 

村長という立場にある人間が、一介の旅人でしかないプリムとポポイに深く頭を下げた。

 

村長の声には、懇願と、絶対に譲らないという強い決意が込められていた。

 

プリムはひるみながらも、必死に抗弁を試みる。

 

「そんな……そんなこと、言ったって……!だ、だって、そうよ、ランディは聖剣の勇者なのよ!」

 

プリムは抵抗できる理由を見つけて、早口でまくしたてた。

 

「あんたたちにはわからないかもしれないけど、今、外の世界は大変なことになってるのよ!それを食い止められるのはランディだけなの!ランディが戦わないと、世界なんてあっという間に帝国のものになっちゃう!この村だって、滅ぼされてしまうわ!」

 

「そのときは、みんなで戦うさ」

 

村長のあまりにものんびりした言葉に、プリムは爪を噛んだ。

 

「もう、そんな悠長なことを!全然わかってないわ!いい、世界よ、世界が滅びるのよ!」

 

「それは、そんなに大切なものかい?」

 

低く静かな声が響いた。

 

それまで黙って立っていた、村の医師である。

 

プリムは毒気を抜かれたようにぽかんとした。何を言われたのか、わからなかったのである。

 

「世界というのは、そんなに必死になって守らなければいけないほど、大切なものかい?」

 

「あ、当り前じゃない!世界がなくなったら……た、大変だわ!」

 

「ワシには、そうは思えん」

 

老人はひとりごとのように話し続ける。

 

ペースを乱され、プリムが困惑した顔を老人に向ける。

 

「事情は、そこにいるジェマさんから詳しく聞いたよ。ディーンは、本当はランディという名で、聖剣をふるって世界を救う勇者だ、とね。彼の生い立ちや、これまでの旅のことも聞いた」

 

プリムとポポイがジェマを見ると、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 

「最初、サラが彼を連れてきたとき、正直言ってやっかいなことになった、と思ったよ。物騒な剣なんて持って、落ちたときの傷以上に、古傷が無数にある。犯罪者か何かが、この村に逃げ込んできたんじゃないか、と考えた。

 

だから、私は治療をしたら早々に追い出すつもりでいた。サラが彼をディーンだと言い出したときは焦ったし、村の人たちがサラのため、と言って彼をディーンとして扱おうとするのにも、最初は反対した」

 

世界の果てのように静かな宿屋に、医師の声だけが響く。

 

「だが、何日か見ていると、彼がとても優しい人間だということがわかったよ。剣なんてちっとも似合わないほどね。本当は君たちも思ってるんじゃないか?

 

彼は、何もかも忘れてこの村にいたほうが幸せなんじゃないか、ってことに」

 

プリムは反論しようとして口を開き、結局何も言えずに黙る。

 

ポポイはぴくりと眉をよせ、拳をぎりりと握り締める。

 

ジェマは溜息をついて、目を閉じてしまった。

 

「彼は、頭の傷からきた熱に浮かされて、何度も何度も言っていたよ。『どうして』『どうして僕が』とね。そして、熱が下がったら全てを忘れていた」

 

医師の一言に、三人はうなだれる。

 

「プリムさん、ポポイさん。君たちには戦う理由、というものがあるようだ。だが、彼にはそれがない。戦うなんてことは、彼には似合わない。記憶を失った今なら尚更だ。私らは、サラのためや、村のためという以上に、あの優しい彼に、もう誰も傷つけてほしくないし、傷ついてほしくないのだよ」

 

「……でも、このままじゃ、世界が滅んだときにあなたたちも一緒に滅んでしまうよ?それでもいいの?」

 

ポポイがぽつりと言った言葉に、村長は胸を張った。

 

「それは、私たちにとっては地震や台風のような天災と同じだよ。仕方のないことだ。逃げたり、戦ったり、抗ったり、私たちにできることをするだけだ」

 

「私たちは、世界よりも、サラと彼の幸せを選ぶだけのことだよ」

 

村長と医師が順にそう言って、二人はまた「頼む」と頭を下げた。

 

「例え、本物のディーンが帰ってきたとしても、サラが正気に戻ったとしても、そして……彼が記憶を取り戻しても。彼を厄介払いなどしないと約束する。我々は、彼を追い出した彼の故郷の人間たちとは違う。信じてほしい」

 

重い沈黙が落ち、誰一人としてそこから動けず、夜が更けていった。

 

 

 

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ランディがみんなに愛されてるのが好きなんです……!

 

2009.2.11

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