アルカディアは遠く

 

 

 

 3

 

 

 「どういうこと」

 

 プリムの叫ぶような声が宿に響いた。

 

 結局、ジェマの泊まる宿屋に二人も泊まることになった。

 

 他に宿泊客は当然のようにおらず、三人は食堂を独占していた。宿の主人は夕食を並べたあと、三人の空気に耐えられなくなったのか、姿を消した。その夕食にも、誰も手をつけない。ポポイでさえ。

 

 「……記憶喪失、というのを聞いたことがないか?」

 

 「知ってるわよ。自分に関することを忘れてしまうことでしょ。国の名前とか、社会的なことは覚えてることもあるらしいけど」

 

 プリムがいらいらと答える。

 

 ポポイはじっと下を見て黙っている。

 

 「ランディは落ちたときに、頭を強く打ったようだ。サラさんが、川で気を失ったランディを見つけて、この村の医者に治療を頼んだらしい。意識を取り戻したときにはもう、今の状態だったそうだ」

 

 「私が聞きたいのはそういうことじゃないのよ!」

 

 プリムが顔を歪めて言った。

 

 「ランディが記憶喪失なのは、わかったわよ。そうじゃなくて……そうじゃなくて、どうしてあのサラって子と一緒に暮らしてるの?どうしてディーンなんて呼ばれてるの!?」

 

 ポポイは、本当はそれも違う、と思った。

 

 プリムも自分も、本当に聞きたいのは、どうしてランディが自分たちを忘れてしまったのか、というジェマに言っても仕方のない問いだ。

 

 最初は頼りのない少年だった。自分たち二人がしっかりしてあげないと、と思っていた。だが、いつのまにかランディは大きく成長し、自分たち三人の中心になっていたのだ。

 

 「ディーンというのは彼女の恋人だ。二人はこの村で生まれ育ったらしい。二人とも小さい頃に流行病で両親を亡くすという不幸にあったが、成長してからはあの家で、他の村人に助けられながら、とても仲良く暮らしていたそうだ。

 

 だが、去年、この村は食べ物の不作にみまわれた。幸い、この村では様々な種類の花が多く取れる。この周辺では何の価値もないが、マンダ―ラ村まで行けば商人も多いため、高く買い取ってもらえるそうだ。つまり、マンダ―ラ村まで行けば、お金を作って食べ物を買うことができるということだな。

 

 遠い道のりなので、若い男のほうがいいということで、ディーンと何人かが村の中から選ばれた。ここから、マンダ―ラ村までは、そんなに危険はないと思われていたので、軽い気持ちで送り出したそうだ。

 

 だが、危険がなかったのは、以前の話だ」

 

 「マナの流れが変わって、モンスターが暴れ始めた……」

 

 ポポイの呟きにジェマがうなずいた。

 

 「村の人たちは、そのことを知らなかったんだな」

 

 「ああ。旅人もめったにやってこない、自給自足で普段は出る必要がない、というこの村では仕方ない。ここは神殿も近くないためか、帝国は見向きもしていない。逆に言えば、帝国の横暴なふるまいも知らなかった。世界で起こっていることを誰も知り得なかったのだよ」

 

 「それで?」

 

 プリムが先を急かす。

 

 「ディーンも含め、村の若い男たちは帰ってこなかった。マンダ―ラに行く途中か、帰りか……とにかく、モンスターに襲われたことは間違いない。

 

 村には老人と、女子どもだけが残されたが、近くの村の助けも受け、なんとか不作は乗り切った。だが、若い男がいなくなったことは、労働力の面でも精神的にも痛手だった。特に、サラさんはたった一人の家族とも言える相手を亡くしたわけだ、その塞ぎこみようは周りが見ていられないものだったという。彼は絶対この家に帰ってくる、と言って聞かず、必要最低限以外では家から出てこようともしなくなったらしい。

 

 そんなわけだから、彼女がびしょ濡れになって一人の男を抱えて医者のところに駆け込んできたときには、みんなが驚いたそうだ」

 

 「それがランディね」

 

 「ああ。それからつきっきりでランディの看病を始めたサラさんは、別人のように生き生きとしていたそうだ。『ディーンが帰ってきたわ』と言ってな」

 

 二人は息を呑んだ。

 

 「つまり、サラさんは、ランディを行方不明の恋人だと思い込んでるってこと?」

 

 「ああ、そうだ」

 

 「その、ディーンってのとアンちゃんは、似てるのか?」

 

 「村の人たちの話だと、若い男だと言うこと以外に共通点はないそうだ」

 

 「村の人たちは、なんでサラさんに本当のことを言わないの!?その人はお前の恋人じゃない、目を覚ませって、なんで!!」

 

 「それどころか、意識を取り戻したランディが記憶喪失だとわかると、村の人々は束になって『君はディーンという名前で、この村に住んでいる』と教え込んだそうだ」

 

 ジェマは疲れたように言った。プリムとポポイはあまりのことに「はあ!?」と叫んで思わず席を立った。

 

 「なんでそんなこと!」

 

 「サラさんのためだと言っていた」

 

 「ムチャクチャだよ、そんなの……!」

 

 「ちょっとジェマ、なんでそんなに落ち着いてるのよ!こんなのおかしいじゃない!さっさとランディをこの村から取り戻さないと!」

 

 「……私は、このままでもいいのではないかと思っている。ルカ様も同意見だ」

 

 握りこぶしを作って、今にも外に飛び出しそうな勢いだったプリムとポポイは、そのジェマの言葉に目を丸くした。

 

 「このままでいいって……!?」

 

 「アンちゃんが、このままディーンとしてこの村で暮らしていくってことか?」

 

 「ああ」

 

「な……!?何言ってるのよ、ジェマもルカ様も!ボケてんじゃないの!?」

 

 「ジェマ、アンちゃんがここで暮らしていくってことは、聖剣を扱える勇者がいなくなるってことだぞ?封印を解かれたマナの種子を封印できる人間がいなくなる、帝国の野望を止められる手段がなくなるってことだぞ?わかってるよな?」

 

 「もちろんだ」

 

 「じゃあ、アンちゃんがいなくなったらどうする気なんだ?」

 

 「ワシがどうにかするよ」

 

 ジェマの答えはどこか投げ遣りで、自棄を起こしているように見えた。

 

 「答えになってないわよ、ジェマ!もう、話にならない!今すぐあのサラって子の家に行って、ランディの頭を引っ叩いてでも記憶を取り戻させるわ!」

 

 「それは困る」

 

 プリムの物騒な発言に静かな声が帰ってきた。

 

 いつのまにか、宿屋の出入り口に、小柄な白髪の老人と、壮年の背の高い男性が立っていた。

 

 

 

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プリムさん、さらっとジェマとルカ様に対して暴言吐いてます……。

 

2009.2.11

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