試練の回廊
2
「なるほど、自分自身に勝てたら合格ってわけ?」
プリムは舌をぺろりと出して舌なめずりをすると構えをとった。行儀がよくない、と思いつつも強い敵と邂逅したときの昔からの癖だ。
すると、目の前に立っていたもう一人のプリムも舌を出した。思わず笑ってしまう。
「ふうん、本当に私なんだ」
じゃあ手加減無用ね、そう言って駆け寄り、間髪入れず右足を振りあげた。相手も同じく右足を振りあげたので、左腕を防御の形に取る。
硬い音が響き、骨が揺れる感覚がした。向こうのプリムも左腕を出してプリムの右足をガードし、二人が同じ姿勢を取っていた。
「……さすが私」
にこりと極上の笑顔でほほえんでやるが、もう一人のプリムはちらりとも表情を変えない。
かけ声とともに今度は拳を繰り出す。するとあちらも同じく拳を勢いよく出してくる。身体をひねってかわすと向こうもかわしてくる。
鏡と踊ってでもいるようだ。
先に攻撃をいれたほうが勝ちだろう。
均衡状態が続く中、一瞬の気も抜けないとプリムは汗をぬぐった。
「ファイアーボール!」
ポポイが魔法を唱えると、いくつもの火の玉が出現した。それをもう一人の自分に向かって放つ。
だが、それを読んでいたのか、あちらのポポイがフリーズを唱え、火の玉にぶつけてくる。力が相殺された火の玉と氷の塊は、どちらも音を立てて消えてしまった。
「今のオイラたちに勝てるやつはいない、って言ったけど……!」
あちらが唱えてきたサンダーボルトをかわすために走りながら、ブーメランで反撃する。あちらのポポイがそれをかわしながら新たな魔法を唱えようとしているのが見えた。
「アースクエイク!」
すかさず魔法を唱える。あちらが体勢をくずしたところを好機だと、戻ってきたブーメランを手にし、かまえた。
だが、足元に雷が落ちて、慌てて飛びのく。先程の魔法がまだ残っていたのだ。
「そのオイラたちが相手とはなあ」
これは一筋縄じゃいかない、とポポイは再び呪文を唱える。
アンちゃんとネエちゃん大丈夫かなあ。
おそらくは自分と同じく、ランディとプリムのもとにも同じように自分自身が現れているのだろう。
仲間に思いを馳せた途端、目前にエアブラストが迫っていた。
「うわあ!」
慌てて後ろに飛びのくと、あちらのポポイと目が合った。表情は動かないが、生意気そうな相貌が、してやったりとこちらを見ているように思えた。
「人の心配している場合じゃないってね」
ポポイはふう、とため息をつくと、再び呪文を唱え直した。
剣と剣がの音がぶつかる音が響き渡る。
ランディが力で押し切ろうと体重を乗せるが、向こうも押し返してくる。埒があかないと飛びのくと、素早く剣を振るう。
あちらも飛びのいたが間に合わず、頬を薄く切る手ごたえがあった。
「いっ……!」
再び相手と向かい合った後ランディは頬を抑えた。思わず手をあてると、ぬるりとした感触がある。
向こうのランディも一筋、頬から血を流している。
どうやら、相手のダメージは自分のダメージに、自分のダメージは相手のダメージとなるらしい。
「本当にあれは、僕自身なんだ……」
ランディは頬を拭うと、再び剣を相手に向けた。
どれだけ相手を切りつけても、自分にもはね返ってきてしまう。実際、いくつもの細かい傷がもたらす痛みがじくじくとランディの身体を蝕んでいた。どれが自分のつけたもので、相手がつけたものなのかもうわからなかった。
いつもであればすぐにプリムの魔法で治してもらうのだが、そうもできない。
そのとき、ふと気付く。
「ていうか、傷を治してもらえば向こうも治るから結局ふりだしに戻るのかな?」
それでは堂々巡りだ。
どうしたらいいのか、と頭を抱えたくなってしまった。
「相手が傷つけば、僕も傷つく。僕が傷つけば、相手も傷つく……」
そのとき、ふと、ランディの頭の中をある考えがよぎった。
2012.9.17