アレキサンドライトは何色
5
「幽霊に助けられた?」
ニーナが眉をひそめる。
「うん。絶対そうだと思うんだよ」
ジオはベッドの中でうなずいた。
ラビリオンにジオが襲われたとき、なぜかはわからないがラビリオンは吹き飛ばされ、結局ジオは無事だった。
だがそのショックで意識を失い、ジオはマタンゴ王国の医者にかつぎ込まれた。気絶したときに倒れて軽く頭を打っただけで、外傷は他にはない。しかし、大事をとって今もベッドに寝かされているのだった。
「俺には、ラビリオンがなんか爆発みたいなので吹き飛ばされるのが見えたんだよ」
「それなら、私も見えたわ。父さんやトリュフォーは、魔法みたいだった、って言ってたわよ。今はマナも少なくなって、魔法を使える人はいなくなったからそんなはずないんだけどとも言ってたけど」
ジオは父の話がでると、少し顔をゆがませた。
「父さん……大丈夫なの?」
「今は隣の部屋で休んでるわよ。少し休めば大丈夫だって言ってた。……父さんの大丈夫ってあてにならないって母さんがよく言ってるから、あんまり安心はできないけどね」
ニーナの言葉に、ジオはさらに顔をゆがませる。
「なあ、父さんなんで倒れたんだ?ニーナは知ってるのか?」
「父さんと母さんがこそこそ話していたのを聞いたのと、自分で調べたのと、推測を混ぜた話でいいなら」
ニーナの言葉に、ジオはいいよ、とうなずいた。
「十年前の戦いで、父さんが研究しているマナっていうものが世界中から失われたのは知っているわよね?」
「うん。よくはわからないけど、魔法を使ったり、精霊や妖精が存在するのに必要なのがマナなんだっけ」
「父さんは、聖剣の勇者だったけど……それは、マナの種族っていう、精霊の血をひく一族の使命なんだって。父さんは、マナの種族の生き残りらしいの」
ジオはもう特別驚きはしなかった。どちらかというと、自分の父は一体どれだけの隠し玉を持っているのかとあきれる気持ちが強い。
「父さんの身体には、精霊の血が流れている。だから、今のこの、マナの少なくなった世界では身体に負担がかかっているみたいなの」
「……そういえば、たまに体調崩しているよな」
ジオは自分の浅慮に少し落ち込んだ気分になった。自分のことばかり考えて、何も気づいていなかった。
「父さんが世界をあちこち回っているのは、マナの多いところにいないと身体への負担が大きいからみたい。マナの研究のためっていうのもあるだろうけど」
ニーナの言葉に、ジオはそっかとため息混じりに言った。
「それならそうと言えば、俺だって納得したのに。どうして何もかも隠してたんだろう」
「私たちに変な負い目を感じてほしくなかったからじゃない?」
ニーナは長い髪を後ろにやりながら言った。
「たぶん、父さんがマナの研究をしているのは、純粋に興味があるのと、自分の身体のこともあるだろうけど……私たちのためっていうのが大きいと思うから」
「え?どういうことだよ」
「少しは頭を使いなさいよ。父さんに精霊の血が流れているってことは、その子どもの私たちにも同じことが言えるってことよ」
ジオはあ、と声をあげた。
「いつか俺たちにも、父さんと同じことが起きるかもしれないから……?」
「わざわざ私たちを世界中連れ回すのには、そういう理由があるんだと思うわ」
ジオは言葉を失った。
そのとき、バン、という音がしてドアが開いた。
そこに立っていた人物を見て、ニーナもジオも目を見張る。
豊かな金色の髪を下ろし、ラフな格好ながらも強烈な存在感を振りまいて立っていたのは、プリムだった。
「母さん!?」
「ジーオー。あんたって子は!!」
つかつかとベッドまで歩み寄ってきたプリムは、腰に手を当ててジオを怒鳴りつけた。
「ランディの言うことを聞かないで、勝手に四季の森に入ってラビリオンの大群に追いかけられた挙げ句、倒れたですって!?どれだけ心配したと思っているの!」
「ご、ごめんなさい……反省してます」
「ニーナも!一緒にいながら何やってるの!」
「はい。ごめんなさい」
ジオとニーナは即答した。プリムに怒られるときには素直に謝る、これが姉弟の鉄則である。
「母さん、どうしてここに?」
「ランディから連絡が来て慌てて飛んできたのよ。本当、もう……」
プリムは額に手をあてて、ため息をつく。
そのとき、プリムの背後からランディが顔を出した。
「あ、ジオ。もう大丈夫?」
「ランディ!あんたもよ!倒れたばっかりなのにふらふら歩いてるんじゃないわよ!」
「僕はもう平気だよ」
「だめ!あんたの言うことはあてにならないわ」
怒鳴るプリムにランディが本当にもう平気だって、と小さくなって言う。子どもたち二人はプリムの怒りの矛先がランディに向かったことにほっとする。
「俺は平気だよ。父さんこそ大丈夫なのかよ」
「……情けないところを見られちゃったね」
ランディは少し寂しそうな様子で頬をかいた。
「今、二人が話していたのを聞いちゃったよ。ニーナは全部わかってたんだね」
「……うん」
「ニーナとジオもマナの種族なんだけど、二人は人間の血が濃いみたいなんだ。もう少し身体が成長すれば一カ所に留まって暮らしても特に影響はないと思う」
ルカ様とジェマといろいろ調べた結果だから、信用していいよ、とランディはにこりと笑う。
ジオはその笑顔にむっとする。
「何だよ、それ」
「え?」
「父さん、俺たちのことばっかりじゃないか。自分のことはどうなんだよ。もうちょっと自分のこと、ちゃんと考えろよ!」
ジオはいつのまにか激高して叫んでいた。
違う。本当は、もっと素直に心配したんだって言えればいいのに。
ジオはたまらずうつむいた。
自分には、父が自分の研究のために身勝手に子どもたちを連れ回しているように見えていた。
だが、見方を変えてみれば、父は子どもたちのことを考えてくれていたのだ。
「ジオ、ありがとう」
ランディがジオの頭に手を置いた。
そしてくすくすと笑う。
ジオはランディを軽く睨みつけた。
「……何だよ」
「いや、ジオはプリムに似ているなって。その素直じゃない物言い、そっくり」
「あら、私はジオの無鉄砲さはランディに似たんだと思っているけどね」
プリムが刺々しく言った。まだ怒っているみたいだよ、とランディがジオにこっそり耳打ちする。父さんがなだめてくれよ、と言うとランディは無理だよ、とぶんぶんと首を振った。
ふとニーナがあ、と声を上げた。
「そうだ、ジオ、幽霊の話はどこにいったのよ」
「あ、忘れてた」
「幽霊?」
プリムが訝しげな顔をする。ジオはうん、と頷いた。
「ラビリオンに襲われたとき、爆発が起きてラビリオンを倒してくれたから助かったんだ。気を失う直前に人影みたいなのが見えたんだよなあ。髪が長くて……」
ジオはそこまで言うと、手を少し広げて大きさを示した。
「これくらいの、羽みたいなのが頭からのぞいてて」
ランディとプリムが息をのんだ。
ジオは気づかないまま、羽だったのかな、飾りなのかなと首をひねった。ニーナが口を挟む。
「羽がついてたら幽霊じゃなくて妖精じゃない」
「頭についてたんだよ。妖精の羽は背中についてるだろ?ってことはあれはやっぱり飾りかな。変な趣味の幽霊だな。四季の森には幽霊が出るって聞いたけど、まさか本当に見ちゃうとはなー」
ジオが腕組みをしてぺらぺらとしゃべる。
ランディは目を見開いたまま、ぽつりと何かを呟いた。
それは人の名前だったようだが、ニーナにもジオにも何と言ったのかは聞き取れなかった。
「……父さん?母さん?どうかしたの?」
「あ、いや。ううん。なんでもない。……二人が無事でよかったよ」
ランディが笑顔を作るが、どこかぎこちない。ジオは疑わしそうにランディを見た。
「わかった、まだ調子悪いんだろう!?ほら、もう少し休んでろよ」
「え、大丈夫だよ」
「うるさい!」
ジオはランディの背中をぐいぐいと押して、ランディが休んでいた部屋へと連れていく。
ニーナは少し恨めしそうな目線でそれを見ていた。プリムはそれに気づき、ニーナにどうしたの、と尋ねる。
「んー、ジオはお父さんのこと嫌いだったから、今まで私がお父さんのこと独占できてたのに、これからはそうもいかなさそうだなと思って。ちょっと悔しい」
「ふふ。そうかもね。でも、ジオは最初からランディのこと、嫌いじゃないわよ」
プリムの言葉にニーナがえ?と驚きを返す。
プリムは微笑むと、人差し指を唇にやり、少女のように言った。
「だってあの子、父さんが好きじゃない、とは何回も言ってたけど、嫌いだとは一度も言ったことないもの」
うちの家族は、少し変わっている。
マナの研究者の父さん。
王国の大臣の母さん。
それから暴力的な姉がいる。
母さんはいつでも若くて綺麗でかっこいい。すごく尊敬している。
姉はニーナと言って、小さい頃から頭が上がらない。母さんに似てけっこうな美人だけど、すぐに手が出るから、溜まったものじゃない。
父さんは……そうだな。
俺は父さんが、好きではない。
すぐに無理をして、大事なことは全部隠して、一人で何もかもやってしまおうとする。
もう少し俺にも頼れよって思う。
でも、嫌いじゃないよ。
2009.5.5