アレキサンドライトは何色

 

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 「トリュフォー!」

 咎めるような響きでランディが声を発した。だが、トリュフォーはどこ吹く風と飄々とした様子だ。

 「もういい時分だろ。こいつらも知っておくべきだと、俺は思うがね」

 「……恨むよ、トリュフォー」

 ランディはきつくトリュフォーを睨む。その視線の鋭さに、自分が睨まれたわけでもないのにジオは肩をびくりとすくませた。

 ランディはひとつため息をつくと戦闘に集中することにしたのか、剣を鞘から抜いてラビリオンに向かっていく。

 正面から牙をむいてきた一匹を気合いとともに一刀両断し、横合いからきた一匹に突きを食らわせる。
 
 まるで水を得た魚のように、次々とラビリオンたちを倒していく。先程までの動きがスローモーションに見えるほど、俊敏な動きだ。

 ジオの目では、すべての動きを捉えることができない。

 こんな父さん、見たことない。

 「……どういう、こと?トリュフォー」

 かすれた声で尋ねたジオに、トリュフォーは優しい眼差しを向ける。

 「お前たちの父親は、十年前に世界を救った聖剣の勇者なのさ。ちなみにプリムはその仲間だった」

 「ええっ」

 「プリムが聖剣の勇者の仲間だった、ってのは結構有名だが、最近はパンドーラの大臣としてのほうが名が通ってるからな。お前が知らなくても無理はないさ」

 トリュフォーの言葉にジオは絶句する。するとトリュフォーは静かに話を聞いていたニーナに目をやった。

 「ニーナはあんまり驚いてないな。もしかして知ってたのか?」

 「……前に、父さんと母さんが隠れて話しているのを聞いちゃったから」

 ジオはニーナを恨みがましい目で見上げる。

 「知らなかったの、俺だけかよ。父さんも母さんもニーナも、どうして教えてくれなかったんだよ」

 「父さんも母さんも私たちに知られたくないみたいだったから、黙ってたのよ」

 ニーナの返答にも、ジオは納得がいかず、口をとがらせた。

 「なんで?父さんが聖剣の勇者なんてすごいじゃん。世界を救った英雄じゃないか」

 そこまで言ったジオの頭に、ぽん、とトリュフォーの手が置かれた。

 「ジオ、アレキサンドライトっていう宝石を知っているか?」

 「え?何、突然」

 「太陽の下で見ると綺麗な緑色をしているんだが、夜、家の灯りで見ると赤っぽく変わるんだよ。それと一緒なんだ。見方によって、物事っていうのはがらりと変わっちまう」

 ジオはトリュフォーが何を言いたいのかわからず首を傾げる。トリュフォーはどこか悲しそうに言葉を続けた。

 「聖剣の勇者っていう肩書きも一緒だ。確かに聖剣の勇者は世界を救った英雄さ。……だが、見方を変えれば、世界を救うためにたくさんの人間やモンスターを虐殺した、殺人者でもある」

 「そん……な、父さんも母さんも、やりたくてやったわけじゃないだろ!」

 ジオは必死に叫んだ。

 だが、同時に、ランディがラビリオンに剣を突き立ててとどめを刺しているのが目に入り、思わず黙る。

 吹き出した血を浴びるのをものともせず、ランディはさらに別のラビリオンに向かっていく。

 「もちろん、やりたくてやったわけじゃないさ。だが、聖剣の勇者を恨んでいる者もいるってことだ。だから、ランディもプリムもそれを隠していたし、お前たちにも言わなかったんだ。……お前たちを守るためにな」

 ジオはぎゅっと拳を握った。

 ランディをーー聖剣の勇者を恨んでいる人がいるとしたら、自分たち子どもは格好の獲物だろう。

 自分が守られていたなんて。

 誰よりも好きじゃないーーあの父親に。

 悔しいような、情けないような気持ちでジオは唇をかんだ。

 「じゃあ、もしかして、世界中を飛び回っているのもそのためなのか?一カ所にとどまっていれば正体がばれやすいから……」

 「それもあるけど、それだけじゃないわ」

 今度はニーナが口を開いた。

 ジオがニーナの顔を見ようとしたそのとき、ようやっとランディがすべてのラビリオンをしとめ、剣を鞘にしまった。

 「二人とも、怪我ない?」

 へらりと笑うランディは普段通りの冴えない父親だ。

 トリュフォーとニーナがランディに駆け寄る。

 「おいおい、オレのことは無視か、ランディ。せっかく武器を持って駆けつけてやったのによ」

 「勝手に僕の秘密を言った裏切り者には感謝できないよ」

 「お父さんこそ怪我ない?」

 「ありがとう、ニーナ。大丈夫だよ」

 ジオは一人、その光景を見つめていた。どんな顔をしてランディに向き合えばいいかがわからない。

 そのとき、がさり、という音がした。

 ジオがそちらを向くと、残っていたラビリオンが茂みの中から姿を現すところだった。

 「うわ!?」

 「ジオ!」

 ジオの声にランディが反応して動こうとする。だが、その身体が傾いだ。

 「お父さん!?」

 「ランディ!」

 ランディは肩で息をして苦しそうに屈む。

 ジオは何が起こっているのかわけがわからなかったが、とりあえずはラビリオンから身を守るのが先決だった。

 なんとか身をひねり、攻撃をかわす。だが、足がもつれて地面に倒れ込んでしまった。

 ーーやばい!

 ラビリオンが大きな口を開け、その牙が迫る。

 ニーナの悲鳴が響く。

 もうだめだ。

 ジオがそう思ったとき、目の前で白い光が爆発した。

 ラビリオンの身体が吹き飛ばされるのが見える。

 何が起こったのかわからないまま、ジオの意識は遠くなった。

 目を閉じる最後の一瞬、髪の長い白い人影が見えた気がした。

 

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2009.5.4

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