アレキサンドライトは何色

 


 
 3


  四季の森への行き方を詳しく知っていたわけではない。

 だが、ジオは己の方向感覚がいいのを知っていたし、それを信じてもいた。

 マタンゴ王国を出て、森の中を道なりに進む。幸いなことにモンスターの姿も見えない。 

 分かれ道があるところでは適当に道を選ぶことを繰り返していくうちに、いきなり視界が明るくなった。

 「わあ……」

 世界中を見て回って、様々な景色を見慣れているジオでも、思わず感嘆してしまう。

 目の前には桜が満開になった木々が並んでいた。桜の花びらが風に揺らされ落ちていく。

 「すげー、綺麗……」

 こんな光景を一人占めしているなんて、やっぱり父さんはずるい、そう思っていると、後頭部に衝撃が走った。

 「ジオ!あんたって子はもう!」

 聞き覚えのある声にジオが慌てて振り向くと、そこにはたった今ジオの頭を叩いた手を振りかざしたまま、ニーナが立っていた。

 「ニーナ!なんでここに」

 「あんたが王国を出てどこかに行こうとしているから後ろからこっそりつけてきたに決まってるでしょ!」

 ほら、帰るわよ、そう言ってニーナはジオの手を引っ張ろうとする。

 だがジオは、その手を払いのけた。

 「嫌だよ。帰らない」

 「ジオ!」

 「ニーナはなんで平気なんだ!?」

 普段からのうっ憤がジオの口をついて出る。

 「俺は父さんに振り回されるのがもううんざりなんだよ!父さんが勝手なことするんだったら、俺だって勝手なことしたっていいだろ!」

 ニーナは眉を寄せて何も言わない。

 普段であれば口よりも先に手が出るニーナであったが、珍しくじっとジオの顔を見つめ、大きくため息をついた。

 「……知らないほうがいいことって、あるのよ」

 「え?」

 「父さんや母さんが話さないことにはきちんと意味があるのよ。それを聞く覚悟があんたにあるの?」

 ニーナの顔は今まで見たことないほど真剣だ。

 ジオは背筋がぞくりとするのを感じた。春の森はぽかぽかとした陽気に包まれているはずなのに、急に肌寒くなる。

 「なん…だよ、それ。ニーナは何か知ってるのかよ?」

 「あんたよりはね」

 ジオは虚勢を張って言い返したが、冷たい声が返って来るのみだ。

 一体何の話なのか、とジオが更に口を開こうとしたときだった。

 ガサリ、と草をかき分ける音がした。

 はっとしてそちらを振り向いたニーナとジオは、いつの間にか背後に幾匹ものモンスターが忍びよっていたことに気付いた。

 「げっ、ラビリオン!」

 毒々しいピンクの体色をしたラビに似たモンスターを見て、ジオは思わず叫んでいた。

 母親から体術を習ったニーナや、時折父に会いに来るタスマニカの騎士・ジェマから剣術の稽古をつけてもらっているジオは、子どもながら、パンドーラ周辺に出るラビやマイコニドなどのモンスターなら蹴散らすことができる。

 だが、ラビリオンはそのラビに似た容姿とは違って、鋭い牙を持っているうえに体力も高く、容易には倒せない。

 見かけたらすぐに逃げるように、と母からはきつく言いつけられているのだ。

 一匹だったら、自分とニーナでも倒せるだろうか。

 ジオの脳裏にちらりとそんな考えがよぎったそのとき、再び草をかき分ける音がした。

 そして、そこから数十匹のラビリオンが現れた。

 「う、うわ……!」

 「逃げるわよ、ジオ!」

 とても敵う数ではない。二人は慌てて踵を返す。それが合図だったかのように、ラビリオンが一斉にこちらに襲いかかって来た。

 何も考えずとりあえず駆けだしてしまった二人は、マタンゴ王国とは逆方向に逃げてしまったことに気付いたが、今さらどうすることもできなかった。

 「ど、どうしようニーナ!」

 「とにかく走るのよ!」

 二人は森の中を闇雲に走りぬけた。木々の間をすり抜け、なるべくラビリオンたちが追ってきにくいようにしているつもりだったが、森の中のことはモンスターのほうが詳しいのか、背後のラビリオンたちは減る様子を見せない。

 「畜生!」

 ジオは悪態をつきながら草木を乱暴にかき分けて一歩踏み出した。

 すると、身体にまとっていた空気が熱気を帯びたものに変わる。同時に、襲ってきた日差しが先程までのものとは違い、突き刺すように強くなった。

 一瞬視界を奪われたジオが、次に目を開けた時には目の前に見慣れた姿が立っていた。

 「……ジオ?」

 ランディが信じられないものを見た、という顔で立っている。

 ランディの周りの木々は力強い緑の葉をしている。いつの間にか、夏の森まで逃げ込んできてしまったのだろう。

 「父さん!助けて!」

 ニーナが鋭く叫んだ。ランディは二人の背後に迫るラビリオンの大群が目に入ったのか、目を見張る。

 「二人とも、僕の後ろに!」

 ランディがそう言って、息が切れた二人を自分の背後に隠す。

 ラビリオンはランディを前にすると歩みを止めた。じっと距離を測るかのように両者がにらみ合う。

 「と、父さん……」

 ジオが不安そうに囁くが、ランディは振り返らない。見たところ、ランディは特に武器を持っている様子もない。傍らに置いてあるランディの荷物に目をやっても、書物がいくつか入っているだけである。

 「なんで武器も持ってないんだよ……!モンスターが出たらどうしてるんだよ」

 「そういうときは適当に逃げ回ってるんだよ。でも今回は逃がしてはもらえそうにないね」

 ランディはちょっと困ったように笑って言った。

 ジオはランディが笑う程の余裕があるのが信じられなかった。ニーナもランディと合流したことですっかり安心しているようだが、絶体絶命のピンチであることには変わりないはずだ。

 ――二人とも、なんでそんなに平気なんだ!?

 ジオが混乱でわけがわからなくなりそうになったとき、ランディが静かに言った。

 「二人ともじっとしててね」

 それにジオが返事を返す暇もなく、ランディが動いた。

 ラビリオンがそれに反応する前に、蹴りを叩きこむ。

 その一度の攻撃で、ラビリオンは動かなくなった。

 慌てて反撃しようとした別のラビリオンに肘鉄を加え、逆の方向から向かってきたもう一匹にひざ蹴りを繰り出す。

 その様子をジオは茫然と見ていた。

 母さんが体術に長けているのは知っていたけど……父さんまで!?

 ランディはいつものんびりとしていて、ジオは父が身体を動かしているところなどあまり見たことがない。せいぜい、ポトス村で農作業を手伝うことがあるくらいだ。

 ジオがジェマに剣の稽古をつけてもらうときにも、離れたところで見守っているだけだった。

 だが、その動きは戦い慣れていて、一朝一夕で身につくものではないことは容易に見て取れた。

 それでも、やはり武器がないのは辛いのだろう、なかなか敵の数は減らない。

 そのとき、森に影が差した。

 「おおーい、ランディ!」

 その言葉にジオやニーナが上を向くと、フラミーが上空を旋回していた。フラミーの背につけられた鞍から綱が垂れている。

 その綱を握って、何の躊躇もなくトリュフォーがこちらめがけて落下してきた。

 「わわわ!?トリュフォー!?」

 慌ててとりあえず両手を広げたジオはすんでのところでトリュフォーを受け止めた。

 「おお、ナイスキャッチだな、ジオ!」

 「なんて危ないことするんだよ!本当に王様かよ!」

 ジオの言葉をよそに、トリュフォーは持っていたものをランディに向かって放った。

 「それ、貸してやるよ」

 それは王国の宝物庫にでもあったのだろうか、小ぶりの剣だった。ランディが「ありがとう」と苦笑する。

 トリュフォーはにやりと笑った。

 「そんな雑魚、お前の敵じゃねーだろ?ガキどもに見せてやれよ、聖剣の勇者」

 トリュフォーの言葉にジオの頭の中は真っ白になった。

 

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2010.4.30 
 

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