アレキサンドライトは何色

 


 
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 俺は父さんが、好きではない。

 俺が行儀の悪いことをしたり友達とけんかをしたりすると、怒るのは必ず母さんだ。

 母さんは怒ると怖い。顔がきれいなだけに迫力がある。

 だが、母さんが言うことはいつも筋が通っているし、納得できるから、母さんを嫌いにはならない。

 そのとき、父さんが何をしているかというと、俺たちの様子をはらはらと見守っているだけなのだ。

 いつもへらへらしてばっかりで、おどおどして。

 父親と母親の役割が反対じゃないのか?なんて情けないやつなんだろう。

 友達に両親のことをきかれても、母さんのことならいくらでも自慢するが、父さんのことは一言も言いたくない。

 どうしてあんなやつが父親なんだろう。

 ああ、いらいらする!

 

 

 「いやー、よく来たな、ガキども!ニーナはどんどん別嬪さんになるな!ジオも背が伸びたんじゃないのか?」

 マタンゴ王国の王様、トリュフォーはそう言って笑い声をあげた。

 母親の伝手で様々な国の王族とも顔を合わせたことがあるニーナとジオだが、これほど王様らしくない王様もなかなかいない。

 ランディはトリュフォーの相変わらずの気さくさに苦笑しつつ、またしばらくお世話になります、と言った。

 「二週間くらいの滞在だってな。その後パンドーラに戻るんだろ?」

 「ええ。調査の状況では三週間くらいになるかもしれませんが」

 「げっ」

 ジオは思わず声をあげた。ニーナがたしなめるような目でジオを見た。王様の前よ、と言いたげだ。

 だがジオは構わずわめいた。

 「それ、父さんだけだろ。俺たちも?」

 「う、うん」

 「嫌だよ、俺。母さんがいるパンドーラに戻りたい!」

 「ジオ!」

 ニーナが左足を振り上げて彼の背中に蹴りを叩きこんだ。
 
 トリュフォーや、周りにいたマタンゴたちがあんぐりとくちを開ける。

 涙を眼の端に溜めて痛がるジオに、仁王立ちしたニーナが言う。

 「あんたね、親の脛かじりのくせにはむかうんじゃないわよ!」

 「なんだよ!俺にだって意見を言う権利くらいあるだろ!」

 「そんなもの姉の私の前では皆無よ!」

 「まあまあ、二人とも」

 王様の前で喧嘩を始めた姉と弟を、ランディは困った顔でなだめる。そしてトリュフォーに向き直った。

 「トリュフォー、すいません」

 「ははは、プリムに似て気が強い二人だな。まあ、うちの国で楽しく過ごしてくれ。フラミーと空中散歩をしてくれてもいいしな!」

 ランディがぺこりとお辞儀をする。

 ニーナもそれに合わせてお辞儀をし、右手でジオの頭をつかんで無理矢理お辞儀させた。

 ジオは見えないことをいいことに、思い切り口をとがらせたのだった。

 

 

 その日の夜。

 マタンゴ王国に滞在するときにいつも使っている家にやってきた三人は、荷物を片づけていた。

 ランディがふいに言う。

 「あ、僕、明日は四季の森に行ってくるから。二人はフラミーと遊んだり、王国を見たりしていてね」

 はーい、とニーナが返事をしたが、ジオはむっとした表情を隠しもしない。

 「俺、マタンゴ王国もう飽きたよ。見るようなものは全部見たし」
 
 「じゃあフラミーとどこかに……」

 「俺も四季の森に行きたい」

 ランディの言葉を遮ってジオが言った。

 ランディはいつも二人を四季の森には連れていかない。モンスターが出るので、危険だというのだ。

 「いいだろ。いっつも父さんのわがままきいて連れまわされているんだから、それくらい」

 ランディは戸惑ったような顔をしている。

 「四季の森は面白いものがあるわけじゃないよ?まあ、それぞれの季節の森があるのは珍しいかもしれないけど……」

 でもモンスターの数がけっこう多いし……とランディはあくまで同行を許可しない気のようだ。

 ジオはいらいらが頂点に達し、怒鳴るような口調で言った。

 「父さんみたいなへなちょこでもいつも無事なら危険なんてないだろ!」

 「で、でも」

 「なんなんだよ。いつもいつも、父さんの都合に振り回されているこっちの身にもなれよ!じゃあ父さんは、そんな危険だっていう森に何をしにいくんだよ、またいつもの研究か?」

 ジオの言葉に、ランディの顔が心なしかくしゃりと歪んだ。初めて見る父の顔にジオは一瞬戸惑ったが、溢れる苛立ちからそれを無視した。

 「もう父さんなんかどうでもいいよ!」

 ジオは言いたいことだけを言うと、音を立てて部屋から出て行った。

 

 

 翌朝、ジオが起き出すと、既にランディの姿はなかった。四季の森に調査に出かけてしまったのだろう。

 ニーナの何か言いたげな視線を無視して、ジオはマタンゴ王国の市場にでかけた。ぶらぶらと品物を見て回るが、やはり目新しいものはない。

 ――気晴らしにもならねーや。

 ジオはため息をついた。昨日ランディに怒鳴ってしまった罪悪感と、それでもおさまらないいらいらが胸の中を支配している。

 「やあ少年。暇ならひとつ買って行かないかい?」

 菓子を売る店の店先にいたマタンゴに話しかけられる。ジオは首を振った。

 「遠慮しておく」

 「おや、一人なのかい?親御さんは一緒じゃないの?」

 売り子のマタンゴの言葉に、ジオの中に苛立ちが再びうごめきだす。

 「父さんは四季の森に行っちゃったよ」

 「四季の森に?」

 マタンゴが目を瞬かせる。

 「十年前の戦い以来、あの森に近づくものはいなくなったもんだけどね」

 マタンゴの言葉に今度はジオが首を傾げた。

 十年前の戦い。

 それはよく耳にする言葉だ。

 お伽話の中に登場するマナの要塞と神獣が復活し、それを聖剣の勇者が沈めたという。

 とはいえ、自分が生まれる前のことだ。その戦い自体がジオにとってはお伽話のようなものだった。

 「幽霊に会いに行ったのかな」

 マタンゴがぽつりと言った言葉を、ジオは聞き逃すところだった。

 「え?何だって?」

 「四季の森には幽霊が出るって噂なんだよ」

 あの戦いで、四季の森でもたくさん亡くなった者がいたからね、とマタンゴは痛ましそうに言う。

 「あの戦い」がまるで他人事のジオと違って、このマタンゴにはまだ新しい記憶なのだろう。

 「ぼやっと光る人影を四季の森で見たっていう者が幾人かいるんだよ。割と有名な噂さ。だから誰も四季の森には入らないんだよ」

 ジオはふうん、と返して考え込んだ。

 誰も近づかないというのなら、どうして父さんは四季の森なんかに行くのだろうか?

 昨日の様子だと、いつものマナの研究の他に、何か理由がある気がする。

 ――まさか、本当に幽霊に会いに?

 まさか、そんなことが何になるっていうんだ、と頭を振りながらも、ジオは自分の胸が好奇心で踊るのがわかった。

 父さんの目的が幽霊だったら。

 俺が幽霊を先に見つければ父さんは悔しがるだろうか?

 いつも父親だというだけで自分を振り回すあの男の鼻を明かしてやれるかもしれない。

 「……よし」

 ジオは自分の思いつきを肯定するように、ひとつ頷いた。

 

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2010.4.7

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