アレキサンドライトは何色

 

 

1

 

 

 うちの家族は、少し変わっている。

 

 

 「もう、ジオってばいつまでふてくされてるの?」

 呆れているような、どこかで面白がっているような、そんな声色で少女が言った。

 ジオと呼ばれた少年は「ふてくされてない!」と言いながらも、顔をしかめたまま、本を大きなカバンに放り込んだ。

 「ただ、いっつもいっつも数カ月たったらすぐに別の場所に引っ越さなきゃならないことにいらいいらしてるだけだよ!」 

 「それをふてくされてるって言うのよ」

 「しかも!父さんの仕事なんだか道楽なんだかわからない研究が原因で、っていうのに腹が立つだけ!」

 聞く耳を持たず不満を並べ続けるジオに、少女はため息をついた。

 小さな子ども部屋の中では、ため息もすぐに伝わる。ジオは後ろで片づけの手を動かす少女のほうを振り向いた。

 「ていうかさ。ニーナは納得しているのかよ。俺たち父さんの都合に振り回されてばっかりで、勝手だって思わないのか?」

 「私はむしろ楽しみよ。ポトス村にいたら、一生村の外に出ずに終わる人だっているのよ?世界中をあちこち飛び回れるなんて、すごいじゃない」

 「だけど」

 「ジオだって、これがお母さんの都合に振り回されるんだったら、文句は言わないくせに」

 ニーナの指摘に、ジオはぐっと言葉をつまらせた。

 

 

 うちの家族は、少し変わっている。

 まず、父さんの仕事がよくわからない。

 なんでも「マナ」っていう力について調べているらしい。けれどそれは、何年か前に消えてしまった力だそうだ。今はもうないものを研究して何になるのかさっぱりわからない。

 父さんは、研究のために世界各地に家を持っていて、一年中いろんなところを行ったり来たり。そのたびに俺たち子どもまで一緒に連れて行かれる。

 パンドーラを中心として、ポトス村やノースタウン、タスマニカ王国にトド村やマンダ―ラ村まで。そして今回は、マタンゴ王国に滞在しつつ、四季の森とモーグリ村を訪ねる予定だという。

 世界中にたくさん友達ができるのは楽しい。でも、それぞれの友達と短い時間しか一緒にいられないのはつまらない。

 それに、俺はパンドーラが好きだ。

 できるならパンドーラでずっと暮らしたいし、そう父さんにも母さんにも言っているのに聞きいれてもらえない。

 納得いかない!だって、母さんは主にパンドーラで暮らしているのだ。

 姉のニーナは父さんについていって、俺はパンドーラで母さんと暮らせば、何の問題もないと思うのに。

 

 

 「二人とも、片づけは終わった?」

 ノックの音のあとに、ドアが開いた。ぱっとジオの顔が明るくなる。

 「まだ!ねえ、俺やっぱりパンドーラにいたいよ!いいでしょ?」

 「またその話?だめよ、私は仕事であなたたちの面倒みてあげられないもの。お父さんについていくのが一番いいの」

 二人の母親は、苦笑して何度も交わした会話をまた繰り返す。

 「父さんだって研究だのなんだのって俺たちの相手なんかしてくれないよ!母さんとパンドーラにいたほうがいい!」

 「わがまま言わないの、ジオ」

 母親にまとわりつくジオをニーナが引きはがす。

 「ごめんね、お母さん。ジオがずっとこんな調子でまだ準備終わってないの」

 「早くしないとフラミーに乗ってトリュフォーが迎えに来ちゃうわよ」

 二人の母親はそう言って、腰まで伸びた美しい金色の髪をかきあげた。

 

 

 俺がパンドーラにいたい理由は、いろいろある。

 都会だし、学校もあるし、一番慣れ親しんだ友達もいる。

 だが、何よりも母さんがいるからだ。

 俺の母さんはパンドーラの大臣だ。

 主に外交担当らしいが、他の政務もこなす。王制のパンドーラにも関わらず、今や王を凌ぐ力を持っているのではないかと人々に噂されるほどの手腕を持っている。

 女だてらに自ら貴族の家を継いだことで最初はいろいろ言われたらしい。だが、母さんはそれらを実力で黙らせてきた。

 凛々しくて、毅然としていて、本当に母さんはかっこいい。

 金色の髪も、紫のアメジストみたいな瞳も、すごく綺麗だ。

 ……それに比べて、父さんは不釣り合いだ。

 俺は父さんが、好きではない。

 

 

 「二人とも、準備できたー?」

 のんびりとした声がして、もう一人の人物が部屋に入って来た。

 母親が彼の顔を見て柔らかく微笑み、ニーナが口もとをほころばせる。ジオだけがむっと眉を吊り上げた。

 「もうそろそろ待ち合わせ場所に行かないと……」

 遠慮がちに話す青年は、三人を見渡す。

 「俺は絶対!行かねーぞ!」

 ジオが金切り声をあげると、ふん、と顔をそむける。

 そんなジオにニーナが近づき、母親から直伝の拳を彼に叩きこんだ。

 「ぐへっ!」

 「こうなったら気絶させて意識がないうちにあんたを運ぶしかないようねー?」

 ニーナは母親に似た端正な容姿からは想像もつかないような台詞を言って、拳の骨を鳴らす。

 「ニーナ!やりすぎだよ」

 「お父さんは甘いのよ。ジオにはこれくらい強引なのがちょうどいいの」

 ニーナは指を立てて言うと、ジオの荷物を適当に詰め始めた。ジオはまだ横で痛がっている。

 困って顔を見合わせる両親を置いてけぼりにして、ニーナは手際よく荷をまとめ終わり、細い腕で自らのものとジオのもの、二つの荷物を持ち上げた。

 「さ、行こう、お父さん」

 「う、うん」

 二人の父親は慌ててうなずくと、妻に向き直った。

 「じゃあ、プリム、行ってくるね。二週間くらいで戻るから」

 「待ってるわよ、ランディ」

 

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2010.3.2

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