遠雷

 

 

 

 5

 

 

 ランディは食堂から出たものの、なんとなく自分の部屋に戻る気にもなれず、廊下でぼんやりと佇んでいた。

 

 彼の視線の先にあるのは宿の庭に面した窓だ。闇の中、細い雨が降り続いているのが見える。

 

 一瞬、雷光が窓に映り、ランディはびくりとした。後を追って雷鳴が聞こえる。

 

 ランディは、闇が戻った窓を再び見つめる。

 

 「……甘えてる、よな」

 

 ランディは自嘲気味に呟く。先程のプリムとポポイの言葉に、ひどく安堵した。だが同時に、そんな自分が情けなくもあった。

 

 昼間のポトス村の人間とのやり取りを聞けば、二人はだいたいの事情は察しただろう。あるいは今残してきたジェマから話を聞いているかもしれない。

 

 だがそれは、本来であればランディ自身の口から語らなくてはならないものだろう。

 

 一緒に旅をする以上、ランディの、聖剣の勇者の事情に二人を巻き込んでしまうこともあるだろう。そうであるならば、自分の口から自分の事情を二人に説明するのが筋であり、責任だ。

 

 だが、どうしてもできなかった。

 

 あの、エリニース城での食事の席で、お互いに自己紹介をしたとき。

 

 プリムはディラックと一緒にパンドーラに帰る、と言った。

 

 ポポイは仲間のところに帰る、と言った。

 

 二人とも、「帰る」場所がある。

 

……では、自分は?

 

 そう思ったときに、自分について語る言葉をランディは失くした。

 

 この旅が終ったとき――今はとてもそこまで想像できないが、そのとき、プリムもポポイも「帰って」しまう。

 

 自分も帰りたい、と思った。

 

 帰りたい、けれど……帰れない。

 

 「ランディ」

 

 ランディは肩を大きくびくつかせた。目をやると、ジェマが苦笑いをしながら立っていた。

 

 「ここまで近付いても気づかないようでは困るぞ、聖剣の勇者」

 

 「う……努力します」

 

 ランディはばつの悪そうな顔をした。そして尋ねる。

 

 「プリムとポポイは……?」

 

 「何やらまだ話をしておるよ」

 

 「そうですか……」

 

 ランディはそう言うと、また窓に顔を向けた。ジェマが隣に立ち、同じように窓の外を見つめる。

 

 「……すまなかった、ランディ」

 

 「え?何がです?」

 

 ランディがきょとんとしてジェマを見る。ジェマは窓の外に目をやったまま、言う。

 

 「お前が聖剣を抜いた日……私がすぐに水の神殿に向かうのではなく、ポトス村に残っていたら、村人たちの誤解を解くことができたのではと思ってな」

 

 「そんな!ジェマのせいじゃないです。聖剣を抜いたことでモンスターが発生したのは本当だし……それに」

 

 強く否定したあと、ランディはだんだんと声を弱め、最後にはぽつりと言った。

 

 「ジェマがいても……結果は変わらなかったと思うから」

 

 村というのは、異物は排除したがるものだ。

 

 狭い世界で、理不尽な境遇に置かれたランディには、そのことが痛いほどよくわかっていた。

 

 ただでさえ「よそ者」という異物だった自分が、村に災いをもたらしたのだ。追い出されて当然だった。ジェマがいて、止めてくれたとしても、村の者たちは聞く耳を持たなかったに違いない。

 

 わかってる。わかっている、嫌と言うほど。

 

 だが、割り切れないものは心の中に残っている。

 

 成長する中で、何度も自分に問いかけた。

 

 どうして自分は「よそ者」なのか。どうして「よそ者」だからと疎まれなければならないのか。どうして自分は受け入れてもらえないのか。

 

 長い時間をかけて、答えの出ないその問いを、自分に納得させてきた。仕方のないことだと。

 

 だが、新たな問いは増えるばかりだ。

 

 どうして自分は聖剣を抜いたのか。どうして自分が「聖剣の勇者」なのか。どうして「聖剣の勇者」というだけで、追い出されなければならなかったのか。

 

 ――どうして、自分には、帰る場所がないのか。

 

「……そうか。かえってすまなかったな。謝ったりして」

 

「ううん、ありがとう。そうやって心配してくれるだけで、十分だよ」

 

 ジェマの言葉にランディは首を振る。

 

 「プリムとポポイも、心配しておったぞ。ポトス村の者たちに次会ったらどう復讐するか考えているようだ」

 

 「ええ?」

 

 「ランディにはできないだろうから、自分たちがやると言っていたぞ」

 

 「あの二人の場合、冗談にならない……」

 

 本気で心配そうな顔をするランディに、ジェマは噴き出した。

 

 「良い仲間を持ったな、ランディ」

 

 優しくそう言うジェマに、ランディはびっくりしたような顔をした。

 

 「……そうだね。でも、事情も説明してあげられないのにいいのかな。仲間だ、なんて」

 

 俯いて言うランディの肩に、ジェマが手を乗せる。

 

 「プリムたちがそれでいいと言ったのだからいいのだろう。お前はもう少し、誰かに甘えるということを覚えたほうがいい」

 

 「……はい」

 

 ランディは顔をあげ、窓に映る自分の顔をしっかりと見つめた。

 

 もし、自分の旅の途中に、ディラックを助け出すことができて、プリムが帰ってしまっても。妖精の住む場所が見つかって、ポポイが帰ってしまっても。

 

 せめて、笑顔で送り出してあげられるような自分になろう。

 

 ランディはそう強く誓う。

 

 

 

 

 

 全て終わったとき、自分には帰る場所などないと知っていても。

 

 

 

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ジェマは、なんでも見えちゃうルカ様から、ある程度ポトス村でランディに何があったか、聞いていて知っている、ということで。

ランディがジェマに対して少し敬語が混じってるのは、まだ序盤だからです。

 

2009.5.1

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