遠雷

 

 

 

 4

 

 

食事はもういい、と言って退室したランディを見送ったあと、テーブルには三人が残された。

 

少し重い沈黙が落ちる。

 

「……私には、話が見えんのだが……」

 

ジェマがぽつりと言う。

 

プリムとポポイが簡単に、昼間あった出来事を説明する。

 

聞き終わると、ジェマが溜息をついた。

 

「……そうか。ポトス村の人間に会ったのか」

 

先程、ランディに事情は説明しなくていいと言ったものの、プリムとポポイはポトス村の人間がランディに投げつけた言葉によって、だいたいの経緯を察してしまったらしい。

 

「なんなの、あいつ!災いだなんて馬鹿らしいわ。モンスターがまた村を襲うかもしれないっていう恐怖を、ランディのせいにして自分が安心したいだけじゃない!」

 

「そうだよ、アンちゃんは何もしてないんだろう?それを二度と帰って来るな、なんて……身勝手すぎるよ」

 

プリムが腹に据えかねたように吐き捨て、ポポイが頬をふくらませて憤慨する。

 

「だいたい、ランディもランディよ。どうして一言も言い返さないわけ?聖剣を抜いたから、災厄が起こったなんて迷信なんでしょ?」

 

「おいおい、事情は聞かない、と言っていなかったか?」

 

「私は、ランディからは、聞かないって言ったのよ」

 

ふん、とプリムは堂々と胸を張る。ポポイがこくこくとうなずく。ジェマは二人の開き直る態度に苦笑いした。

 

「……聖剣を抜いたら災いが起こる、という言い伝えがポトス村にはあってな。それを知らずにランディは剣を抜いてしまった。聖剣を抜いたことによってポトス村一帯のマナのバランスが崩れて、モンスターが発生したのだ。それを防ぐための言い伝えだったのだろうからな、あながち迷信というわけでもないな」

 

「それにしたって!」

 

声を揃える二人に対し、ジェマは難しい顔をした。

 

「ランディは、もともとポトス村の生まれではないらしい。だから、子どもの頃からよそ者として蔑まれていたようなのだ。育ててもらっている、という負い目があって不満も言えなかったようだ。言い返すなんてことは、できないだろう」

 

「何それ?よそ者だから蔑むなんて……おかしいわ。心が狭いんじゃないの?」

 

プリムが呆れた口調で言う。ポポイも首を傾げている。

 

ジェマは目を細めて言った。

 

「お前たちにはわからんかもしれん。プリムは都市の育ちで、ポポイは妖精だからな。

だが、閉鎖的な村では仕方のないことだ。小さな共同体の中の限られた範囲で暮らしていると、息が詰まる。不満や不信も溜まるだろう。まして、ポトス村はそう裕福でもない村だ。

そういった共同体の中では、皆に蔑まれる存在が作り出されるものだ。その存在があることで、村人の目を、不満や不信、貧しさから逸らす。自分より下の存在がいれば、優越感に浸れて、歪んだかたちとは言え気持ちは満たされるからな。そういうものだ」

 

「そういうものだって……だって、アンちゃんはよそ者だってだけなのに」

 

「それだけで、疎外するには十分過ぎるほどの理由だ。何でもいいんだ。理由なんてない場合もある」

 

「でも!」

 

プリムが声を荒立てた瞬間、宿の窓に光が映った。三人は一斉にそちらを向く。

 

やや遅れて、轟音が響き渡る。雷のようだ。

 

「今の、雷のようなものだよ。二人とも、今雷が落ちたことなど、明日になれば忘れているだろう?」

 

プリムとポポイは戸惑いながらもうなずく。

 

「遠くで雷が鳴っている。けれど、人はそれをたいして気にかけない。自分の近くに落ちない限り、関係ないと思うだろう。……だが音が聞こえるということは、雷は確実に、どこかには、落ちているのにな」

 

人間は、身勝手だ。いくら雷が落ちようとも、それが自分の近くでなければ、すぐに忘れてしまう。

 

村のシステムの中で誰が傷ついていようと、自分や、自分の周りでなければかまわないと思う。

 

――傷ついている人間は、確実にいるのに。

 

神妙な沈黙を落とすプリムとポポイを見て、ジェマはふっと笑った。

 

「だが、ランディは大丈夫だろう?」

 

二人が顔を上げて、どういうこと、といった表情でジェマを見る。

 

 「こうやってランディのために真剣に怒ることのできるお前たちは、ランディの遠くにいる人間では、ないだろう?」

 

 ジェマの言葉に二人は顔を見合せたあと、歯を見せて笑った。

 

 「……そうね」

 

 「そうだな」

 

「あのポトス村のヤツ、今度会ったらどうしてやろうかしら」

 

「今から仕返しと、言い返してやることを決めておこうぜ!アンちゃんの代わりに!」

 

考えてやっても、あいつじゃ自分でできなさそうだし、言えなさそうね。

 

だったらネエちゃんが言い返せよ。オイラは仕返しのほう担当!

 

プリムとポポイの打って変わって楽しそうな声が響く。

 

「お前たちは何なんだ、どうしてこいつと一緒にいるんだって言われたよなー」

 

「今度言われたら……」

 

「決まってんだろ!こう言い返すんだよ」

 

ポポイがテーブルから身を乗り出して言う。

 

「オイラたちは、アンちゃんの仲間だ!……ってね」

 

 

白熱していく二人の論議にジェマは口元をほころばせると、食堂をそっと後にした。

 

 

 

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2009.4.29

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