ただいま
古いドアの蝶番がきしんだ音をたてる。
ドアが開いたことに気づき、対面でそれぞれベッドに腰掛けていたプリムとポポイが入り口を振り向いた。
「ふー、ごめん二人とも!遅くなっちゃった!ぱっくんチョコが売り切れで、代わりにまんまるドロップ袋づめにしてもらったら時間かかっちゃって」
でも値段おまけしてくれたんだよ!と言いながらランディは荷物をおろす。
ポポイは首を傾げたあと、まあいいかという表情になり、ランディに向かって口をとがらせた。
「オイラ、おなかペコペコだよ!さあ早く食堂行こうぜ」
「そうだね。ね、プリム」
そう言って二人がプリムのほうを見ると、プリムは不機嫌そうな顔で仁王立ちしていた。
「……ランディ」
地を這うような低い声に、ランディの背筋がぴんと伸びた。
「は、はい!?な、なんでしょうかプリム」
プリムの怒っている気配に思わず敬語になってしまう。ポポイは巻き添えにされてなるものかとさっとランディのそばから離れた。
そんなに買い物に手間取ったことに怒っているのだろうか、とプリムの理不尽さにランディは泣きたくなってきた。
「あのね。私、ずうっと我慢してたの」
「は、はい」
「あんたの行動に対しては、前からいろいろ言ってやりたいことがあったのよ。例えば、スープを先に全部飲んじゃって後からほかのもの食べるとき喉つまるんじゃないの、とか!歯を磨くときに力入れすぎ、もっと細かく動かした方が汚れは取れるのよ、とか!」
「ご、ごめんなさい」
細かい、そんなところまで見てたのか、という言葉をすんでのところでのみ込む。
「でもね。そういうのって個人の嗜好とか育ちの違いがあるからうるさく言ってこなかったの。でも、これだけは言わせてもらうわ!」
「は、はい!」
プリムのあまりの剣幕に思わずランディはぎゅっと目をつむった。
「どうして帰ってきたときに『ただいま』って言わないのよ!」
これは嗜好だの育ちだのの前に、人間としてどうかと思うわ。
高らかに言い放ったプリムの声に、ポポイが「ああ」と納得した表情をした。
「そっかそっか。オイラ、アンちゃんが外から帰ってきたときになんか違和感があったんだよなあ。そうだそうだ、『ただいま』がないからだ」
つん、とそっぽを向くプリムと、満足気なポポイをよそに、ランディはきょとんとして二人を見た。
「え、でも、『ただいま』って家族にしか言っちゃいけないんでしょう?」
「は?」
「昔、村にいた頃、『ただいま』っていうのは帰ってきたときに待っていてくれた血のつながった家族に言うものだから、お前は村長に『ただいま』って言っちゃだめなんだって……」
ランディは言葉を続けるうちに、みるみる表情を曇らせるプリムとポポイを見て、思い当たった。
「……ああ、嘘なんだねえ、これ」
もう誰に言われたかは定かではないが、村の中に家族のいない自分への嫌みだったのだろうと今更思い当たる。
「よく考えてみればわかるよね。ていうか村長は僕にただいまって言ってくれてたしなあ。僕に気を遣ってくれてるんだと思ってた」
幼い日に言われた言葉は、自分でも気づかないほど深くランディの中に根を張っていたようだ。
プリムが気を取り直すように腕を組んでランディを見た。
「じゃあ、もう一回やり直し」
「え?」
「さっきのところから!ドアから入ってくるところからやり直しよ!」
「一発OKにして早くメシ食いに行こうぜ!」
二人の勢いに負けて、ランディはもう一度廊下に出された。
ドアノブに手をかけ、息を吸う。
たった四文字の言葉。
それを言うだけのことになんだか緊張する。
そして……こんなに幸福な気持ちになるなんて、知らなかった。
ノブを回して、口を開く。
「ただいま」
「おかえり!」